One Of A Kind

ツイッターには長すぎるつぶやき、エンタメ系の感想とか。なるべくネタバレはしたくない。

Hikaru Utada Laughter in the Dark tour 2018

宇多田ヒカルのライブ「Laughter in the dark」初日に行ってきました。

時間をかけて推敲して書こうとするとと昨日感じたことがどんどんFade outしてしまいそうなので熱いうちに書き殴ります。

 

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休止期間明け最初のライブ。過去の彼女のライブに参加したことはないので私にとっては初めての宇多田ヒカルの生の歌と空間。

青春時代宇多田ヒカルで育ったようなものなのでたぶん知らない曲はないと思うし、だからどの曲を聞いてもビビットにそのころの思い出がぶわ!っと思い浮かぶ。若いころの曲も深いけど、最近の楽曲はどんどん哲学みが増してきているなあと思うし、個人的にはもう宇多田ヒカルって輪廻転生の最終ステージなんじゃないか?と思ってます。

とりあえず簡単に言えばめちゃくちゃ大好きなアーティスト。本当に楽しみに横浜アリーナへと向かいました。

 

これからライブに参加する人が大勢いるのでまずネタバレをしない程度の感想を言おうとすると、ほんとに、宇多田ヒカルすごい…」「エモすぎてなんにも言えない」としか口から出てこなくなります(昨晩の私)

 

今まで数えきれないほど、ウォークマンの、そしてiPhoneのイヤホン越しに、家のスピーカーで、街中の有線越しで聞いていた宇多田ヒカル。その歌は何度も何度も何度も何度も聞いていて頭に入っているし理解してるしその深さに時には涙させられることも多々あった。私は宇多田ヒカルと言う音楽家が作る世界が大好きだ!…と、思っていました。でも、昨日ライブに行き、彼女が自分の身体を使って発するその「音」を彼女の存在している空間で生で聞いたら、大げさではなく世界が一段上がった気がしました。開けたというか。今までは聞こえてるだけ文字を理解しているだけで「わかっている気がしていたんだ」、と思わされたというか…。それぐらい宇多田ヒカルの生の歌声はすごかった。

 

例えるならば、今までは美術館で展示された展示品をガラス越しに見て、イヤホンガイドで解説を聞き、ギフトショップでレプリカを買ってその展示品を「わかった」気になっていた。けど、その展示品を守っているガラスをぶち破り、直接手に触れてその質感や重みや匂いを自分の体で感じたら本当にその展示品を理解できた、そんな気持ちになりました。

どんなに恋についての小説を読んで胸が高まる想いや死にたくなるぐらい切ない思いを疑似体験しても、本当に人間相手に恋をすることにはかなわないのと一緒というか。

 

ライブで生で歌声を聴くと言うことは音源から聞くのとまるで違うと言うことは今まで自分が行ったことがある好きなアーティストのコンサートで体験してきましたが、今までの体験とは桁が違った。宇多田ヒカルが彼女の身体を使って奏でる音が、私の身体の中に入ってきて染みわたる感覚とでも言えばいいのでしょうか。ぶっちゃけ宗教じみていたかもしれない笑。

 

これはたぶん私がデビュー当時からの彼女のファンであり、エンターテイナー、アーティスト、音楽家としての宇多田ヒカルのみならず、哲学家なのではなかろうかと思わせる彼女の広く深い歌詞に魅了されているせいももちろんあると思います。現に私の隣にいたカップルは男性が宇多田ヒカルファンで女性は連れてこられた、って感じだったので女性の感想は「生でも歌うまいね~ヒカルちゃんかわいいね~」って感じだったので。すいませんその横でボロボロ泣いてしまってほんとすいませんすいませんすいません。

 

あと、話がずれますが、そして上でも少し書きましたが、宇多田ヒカルが歌うのを見るといつも思っていたことがあって。彼女、自分の身体を楽器として扱っている感じを受けるんですよね。そしてライブに参加してさらにその感覚が強くなりました。普通の歌手の方を見ているときは歌ってる本人とその体は元から一つなので歌っている時もその人が歌っているって言う感じが当然するんですけど、なんというか、そうではなくて、宇多田ヒカルが『宇多田ヒカルというフィジカルの意味での身体』を演奏しているというか。そして宇多田ヒカルという人間は決して枯渇することのなくわき続ける何かをいつもその体の中にあふれさせていて、それを文字にし音楽にのせて身体を使って奏でているというか。うまく言えないんですけど…。

それを昨日のライブで強く感じたシーンがあったんですけど(これはプランされたものではないだろうからネタバレとは違うと思うので書きますが)、実は宇多田さん昨日一回歌い出しで間違えてしまって初めから歌いなおす、という場面があったんですね。ちなみに「間違えちゃった!」ってなったときの宇多田さんはとってもかわいかったです。宇多田ヒカルの歌の中でもとてもシリアスでディープな歌だったのですが、「間違えちゃった!ごめん!」ととってもかわいく謝って「やりなおしやりなおし!」となったその瞬間ほんとに一瞬でスッ!っとチューニングして歌いだした感じがまるで楽器を操るようだったんですよね、見ていて。 もちろんどんな歌手の人もプロであれば間違えてしまった時のリカバリーって瞬時でするものだと思うのですが、宇多田ヒカルを見ている時に感じる、その、身体を操っている感じ、に私は彼女の神秘性を感じて引き込まれてしまうんですよね。

 

宇多田さん、合間合間のトークをする様子がとても可愛くて、「ありがとうって言う言葉しか思い浮かばない」と何度も言っていたのが印象的でとても可愛かったんですけど(そしてそのたびにそれはこっちのセリフだよって思ってたんですけど)、彼女って歌っている時のなんか上の世界とつながってるんじゃないかな?って言うぐらいの存在感と、話している時の「普通の女子」感のギャップがとても魅力的だなあと思います。なんていうか、天才過ぎて、いつまでたってもいくつになっても人間として生きることに不器用な感じがする。だけどだからこそ彼女しか見えない世界があって生まれる言葉の数々があるんだろうな、と。

 

ちなみに宇多田ヒカルの考えでは絶望の反対語はユーモア、らしく、これは過去のTwitterとかインタビューでも言っていたそうで、今回のツアーでもそのテーマがベースに流れていたのはわかりました。ユーモアって客観の視点をもって初めて生まれるもののわけで、絶望の嵐の中にいるときに自分を客観視することはただでさえとても難しい。でもだからこそ、絶望の中でもユーモアを持つというのは生きていくうえでとても大切なことだと思うしそのテーマが彼女の楽曲のそこかしこに見えることを改めて感じました。

 

で、ツアー名の「Laughter in the Dark」って、ウラジーミル・ナボコフというロシア人の作家の小説の名前なんですね(「ロリータ」を書いた作家だそうです)。全く知らなかったので家に帰ってからどんな小説なのか調べてみたんですけど、なかなかダークな小説でした笑 宇多田さんはこの「Laughter in the Dark」をツアー名にするぐらい好きと言うことでしょうから、きっとこの小説の中に絶望とユーモアをみたんだろうな。プロットを読んだだけでは正直ユーモアが全く見つけられなかったので笑、機会があったらこの小説を読んでみたいなと思います。

日本語でプロットを書いてあるリンクを見つけられなかったので英語ですがWikipediaを張っておきます。ご興味のある方は読んでみてください!

Laughter in the Dark ↓

Laughter in the Dark (novel) - Wikipedia

 

 

とりあえず走り書きですが書いて少し興奮が収まりました!お読みいただきありがとうございます!

 

最後に、これからツアーに参加するラッキーな方々に言いたいのは、何にも考えないでツアーに参加できる喜びを味わってください。ってことです。ほんとに、ほんとに、パーフェクトですから!今回残念ながら落選した方、なんとなく、宇多田さんはこれからもずっとずっと歌い続けてくれるような気がするので、次を楽しみにしましょ!